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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1182号 判決

原告 別宮喜次郎

右訴訟代理人弁護士 河田毅

被告 谷口春松

右訴訟代理人弁護士 真鍋能久

同 藪口隆

右訴訟復代理人弁護士 植村公彦

主文

一  被告は、原告に対して、金五七二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年八月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は、原告に対して、金一三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二主張

(原告)

〔請求原因〕

一 被告は、原告に対する一三八五万六二五五円(昭和三一年四月締結の準消費貸借契約に基づく)及びこれに対する昭和三一年八月一日から昭和五六年二月二五日までの利息金五一〇七万〇二五七円の合計六四九二万六五一二円の債権を被保全権利、原告を債務者として、昭和五六年九月三日当庁に原告所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という)について仮差押を申請して、同旨の仮差押決定を得たうえ(当庁昭和五六年(ヨ)第五二八号、以下「本件仮差押」という)、同年九月四日に仮差押登記を経由してこれを執行した。

被告は本件仮差押申請の疎明方法として原告に対する昭和三一年四月付の金銭消費貸借契約書を提出していた。

二 原告は本件仮差押に異議を申立てたところ、一審においては本件仮差押は、認可され原告が敗訴したが、控訴審(大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第二三一八号事件)は昭和五九年一〇月一八日右仮差押命令取消す旨の判決をし、この判決は同年一一月一日の経過により確定した。

本件仮差押の被保全権利たる被告の原告に対する貸金についての本案訴訟(当庁昭和五六年(ワ)第四三三号貸金請求事件)について、神戸地方裁判所は昭和五九年一〇月二四日に被告の請求は理由がないとの請求棄却の判決を言渡し、その控訴事件(大阪高等裁判所昭和五九年(ネ)第二二一二号貸金請求控訴事件)についても大阪高等裁判所は昭和六一年一二月二四日に控訴棄却の判決を言渡した。これら判決は、いずれも被告が提出した準消費貸借契約書並びにこの準消費貸借の目的となった五口の貸金の借用証書についてその成立を否定し、被告の主張する合計六四九二万六五一二円の貸金の存在を否定して被告敗訴の判決を言渡したものである。

三 被告は仮差押の要件である被保全権利が欠如していたにもかかわらず仮差押を申請し、本件仮差押決定を得て本件不動産につき仮差押登記をしたのであり、申請に際し提出された疎明資料に鑑み、被告に被保全権利の欠如について故意があったことは明らかで、よって、被告は不法行為者として本件仮差押を執行したことにより原告が蒙むった損害を賠償すべき責任がある。

四 本件仮差押の執行による原告の損害は次のとおりである。

1 担保保証料損失分 五三〇万円

原告は、訴外王子食品株式会社の非常勤取締役の地位にあり、訴外会社から月額五万二〇〇〇円の報酬を受けていたが、その外、訴外会社が銀行から融資を受けるについて、本件不動産を担保に提供し、担保保証料として訴外会社から月額一〇万円の支給を受けていた。

本件不動産に本件仮差押登記がなされていたことにより、銀行は本件不動産に担保価値を認めなくなり、そのため原告は、昭和六一年一一月までの五三か月に亘り右担保保証料の支給を停止され、その合計五三〇万円の損害を蒙むった。

2 弁護士費用 四五〇万円

本件仮差押は周到に偽造した書類に基づき、さらに訴訟の妨害工作をするなど被告の行為は悪質であった。このような不適法、不当な仮差押に対して、原告は、弁護士の協力なしに応訴し得なかったので、弁護士河田毅に前記異議訴訟の応訴を委任し、その弁護士費用として同弁護士に四五〇万円を支払った。敗訴すれば原告は数億円という巨額の支払いを余儀なくされることからすると、この支払いが本件仮差押に損害であることは明らかである。

3 調査費用 七〇万円

被告の不当な仮差押に対処するために広範な事実調査を要するところ、被告が本件仮差押をした当時、原告は脳梗塞により療養中であったため、子である別宮正信、別宮信彦に資料収集を依頼し、その交通費、調査費に右金額の支出を要した。

4 慰謝料 三〇〇万円

本件差押当時、原告は右のとおり療養中であったところ、被告の理不尽な本件仮差押の対応に心労が重なり、その後の加療経過も不調で、そのうえ被告が仮差押決定取得後、原告の地元関係者に本件不動産を差押えたといいふらしたりしたことにより著しく信用を失墜された。原告のこれら精神的苦痛は、金銭に評価すれば、三〇〇万円を下回らない。

五 右損害の合計は、一三五〇万円となるところ、本訴で原告は、被告に対して内一三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一五日(訴状送達の翌日)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

(被告)

〔請求原因に対する答弁〕

一、二項は認める。三ないし五項は争う。

〔反論〕

一 本件仮差押は、最終的には被保全権利の存在について立証がないとして取消されたが、その異議訴訟の一審は、被保全権利の存在を認め、昭和五八年一一月一〇日仮差押決定を認可する判決をしている。すなわち、本件仮差押申請事件は、一審と二審とで被保全権利たる債権の存否の判断がまったく異なった事案で、ちょっとした見方の相違で判断が異なった非常に微妙な証拠判断が要求される事件であったところ、被保全権利たる準消費貸借契約締結に基づく返還請求権発生の日と弁済期との間に長年月があったため、被告において証拠資料の収集が充分にできず、結果的に被告においてその存在の立証ができなかったに過ぎない。

すなわち、本件準消費貸借契約締結の背景をなす摂津冷蔵株式会社(以下「摂津冷蔵」という)の経営、支出に原告が関与したことを示す書証の成立について立証が困難を極め、さらに原告が明らかに虚偽の陳述をしたために、本件準消費貸借契約締結を窺わせる事情もあったが、控訴審では決定的証拠に欠けるとして被保全権利の存在が認められなかったもので、本件仮差押申請並びにその決定の執行について被告には悪意はもちろん過失もない。

二 損害につき、原告は、当初、訴外王子食品株式会社が営業資金調達のために負担した高額金利分一一二〇万円を主張していたが、突如訴外会社から保証料月額一〇万円の支給を受けていたとの主張に変更した。真実そのような支給を受けていたのであれば、訴え提起時にその旨主張していたはずで、保証料の支給は極めて疑わしい。

また、仮に原告が保証料の支給を受けていたとしても、銀行等の根抵当権設定登記は被告の本件仮差押に優先するから担保価値は減少しておらず、そして原告は引き続き訴外会社のために担保提供していたのであるから、保証料支給の有無は内部関係に過ぎないことになり、本件仮差押と相当因果関係はない。

また、本件仮差押の異議訴訟の控訴審の取消しの判決が確定したのは、昭和五九年一一月一日で、その後原告はいつでも本件仮差押登記の抹消登記ができたから、それ以降の損害の請求は理由がない。

三 原告は、当初、弁護士費用を四〇〇万円と主張していた。そして異議訴訟と本案訴訟の原告代理人が同一人で、弁護士費用のうちには本案に関するものであることが明らかな異議訴訟の控訴審判決後の支払分もある。よって、本件仮差押による原告の主張する損害額は極めて疑わしい。

四 前記本件仮差押決定が取消された事情に鑑み慰謝料を負担せねばならない事情はまったくない。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が仮差押決定を得たうえ本件不動産に本件仮差押の執行をしたこと、この仮差押の異議訴訟の一審はこれを認可したが、控訴審は取消したこと、本件仮差押の被保全権利たる準消費貸借契約の存在を前提とした被告の原告に対する貸金請求の本案訴訟は、一、二審とも被告が敗訴し確定したことは当事者間に争いがなく、そうすると、本件仮差押の執行は、被保全権利がないのにもかかわらずなされた違法な行為といわなければならない。

《証拠省略》によれば、被告は甲第八号証の原告並びに摂津冷蔵株式会社を連帯債務者とする金銭消費貸借契約書を疎明資料とし、請求債権を六四九二万六五一二円(元本一三八五万六二五五円並びに昭和三一年八月一日から同五六年二月二五日までの年一割五分の割合による利息五一〇七万〇二五七円の合計)として本件不動産について本件仮差押決定を得てこれを執行したものであるが、《証拠省略》によれば、異議訴訟での控訴審判決、本案訴訟の一、二審の判決は大略次のように判示し、本件仮差押の被保全権利として被告主張の原告に対する準消費貸借による債権の存在を否定した。

すなわち、甲第八号証の金銭消費貸借契約書は、昭和三一年四月作成で当時において大金であった一三八五万六二五五円の貸付を内容としているのに、この契約書に日付の記載がなく、また末尾の連帯債務者の署名押印欄に、原告の氏名が個人としての分と摂津冷蔵株式会社専務取締役の肩書を付した分と二か所表示されているところ、この原告の氏名の表示は、いずれも原告の署名に似せた記名印によって顕出されており、その名下の印影はいわゆる三文判によること、この貸付金の内容は、弁済期限が二四年余先の昭和五六年二月二五日で、年一割五分の利息についても右期限に一括して支払うと定め、利息は一年毎の複利となっており、弁済期時にはその総額は四億円相当となること、このような極めて不合理な書類の形式、内容に加え、原告は摂津冷蔵の事務処理に関与していたとしても、摂津冷蔵の経営主体が被告であったことは証拠上明らかであるから、被告が同訴外会社に対して資金を貸付けた貸付金、あるいは同社の債務を立替払いした求償権について、原告が同訴外会社と連帯して被告に弁済しなければならない事情はないことや、その他被告が右各訴訟で提出した書証につき多々疑問点があると判示して右各判決は、甲第八号証の成立並びに被告の主張する原告の連帯債務を否定している。

本訴での本人尋問において、被告は、摂津冷蔵の経営者は、原告であった旨供述するが、訴外会社の名目上の代表取締役の田中平三郎は本来被告と親しい人物であったこと等被告が主宰者であったことを窺わせる事情はあるも、被告の右の供述を裏付ける証拠はなく、右各判決が指摘している甲第八号証の準消費貸借契約書の作成についての疑問点を払拭し、摂津冷蔵の債務について原告が被告に返済義務を負担しなければならない納得できる事情の説明はまったくない。

結局、本件仮差押の被保全権利として被告が主張した貸金が存在したことを窺わせる事情は認められないばかりか、被保全権利が存在していないことについての被告の悪意を認めざるを得ない状況にあり、よって被告は本件仮差押の執行により原告が蒙むった原告の損害につき当然賠償責任がある。

二  《証拠省略》によれば、本件不動産に昭和五六年九月四日受付で本件仮差押登記が経由され、原告は弁護士河田毅に委任して異議訴訟を提起し、一審は敗訴したものの昭和五九年一〇月一八日本件仮差押を取消すとの大阪高等裁判所の判決が言渡され、確定したが、原告が本件仮差押登記の抹消登記の申請をしたのは昭和六一年一月九日であること、原告は食品卸売業を営む訴外王子食品株式会社(旧商号 株式会社王子センター)の実質的な経営者で、本件不動産を右会社の取引先、あるいは取引銀行に対して根抵当権設定登記を経由して担保に提供していたこと、なお銀行に対する担保提供に関し、銀行取引約定書により、原告の提供した担保に対して差押、仮差押があった場合にも期限の利益を失い直ちに債務を弁済するとの約定が設けられていたこと、もっとも本件不動産にはこれら根抵当権設定登記の経由後の昭和五五年四月三〇日に大蔵省の差押登記がなされ、この差押登記が抹消されたのは一年余を経過した昭和五六年五月二八日であること、原告は昭和四四年一二月に脳梗塞により左半身麻痺となり、漸次回復していたが、昭和六一年四月になって症状が悪化したこと、そのため前記訴訟の維持、その調査には原告の子で訴外王子食品株式会社の専務取締役をしている別宮信彦があたったことが認められる。

右事実を前提に原告の損害を検討すると次のとおりとなる。

1  担保提供保証料

証人別宮信彦は、原告が本件不動産を右のとおり担保に供していたので訴外王子食品株式会社は原告に保証料として月額一〇万円を支払っていたが、本件仮差押登記が経由されたことにより銀行は融資を停止し、貸付金の返済を求めるようになり、取引先も取引額を縮小させ、現金決済を求めるようになったため、右訴外株式会社はいわゆる街の金融会社から高利の融資を受けざるを得ず、スーパーマーケットの店を閉じざるを得なくなり、そのため原告に対する保証料の支給も停止した旨供述する。

《証拠省略》によれば、訴外株式会社は資本金二〇〇〇万円の同族会社であるから、原告が担保に提供していた本件不動産について仮差押登記がなされたことにより同訴外会社の資金繰り等に支障があったことは推測できなくもなく、その旨の甲第四七号証の報告書も提出され、証人別宮信彦も右のとおり供述する。しかし、銀行等に対する根抵当権設定登記は本件仮差押登記に優先し、そして前記のとおりこの仮差押登記以前に大蔵省による差押登記が一年余の間なされたままであったこと、さらに前記甲第五七号証の一の訴外株式会社の昭和五七年九月二一日から同五八年九月二〇日までの税務署に対する確定申告書にこのような保証料が計上されていないことからすると、この保証料の支給は疑問で、これを受けられなかったことによる損害は認め難い。

2  弁護士費用 三二〇万円

本件仮差押に対する異議訴訟の経過からすると、原告から弁護士河田毅に支払われた弁護士費用の内、前記甲第五五号証の一の昭和五八年五月に支払われた二〇万円及同号証の二の同五九年一一月六日に支払われた三〇〇万円の合計金三二〇万円のみが本件仮差押の執行による損害と認められ、前認定の本件仮差押申請経過に鑑み、本件仮差押による損害と認めて相当である。

3  調査費用

《証拠省略》からすると、調査費用のうち次の分は、本件仮差押の執行による損害と認められる。

一 被告の経営の実態調査費用 四万三〇〇〇円

二 被告の提出した疎明資料書類の調査鑑定費用 一六万円

三 大阪市内の土地等の登記関係の調査費用 二五万円

四 豊中市内の土地等の調査費用 二万二〇〇〇円

五 摂津冷蔵関係者との面談費用等 五万円

以上合計五二万五〇〇〇円

4  慰謝料 二〇〇万円

被告がその真正の極めて疑わしい書証を本件仮差押の疎明資料として仮差押決定を得て本件不動産に執行したこと、それにより原告が実質的な経営者である王子食品株式会社の経営に支障があったと窺われることからすると、この執行によって原告が蒙むった精神的苦痛についても二〇〇万円の限度で被告に賠償させるのを相当とする。

三 そうすると、原告の本訴請求は、被告に対して右合計五七二万五〇〇〇円及びこれに対する被告の不法行為により原告が損害を蒙むった後である昭和六二年八月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

〈以下省略〉

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